東京高等裁判所 平成10年(行コ)54号 判決 1999年3月09日
控訴人
甲野花子
右訴訟代理人弁護士
岡村親宜
同
玉木一成
被控訴人
中央労働基準監督署長乙山一郎
右指定代理人
齋藤紀子
同
安部憲一
同
鮫島俊治
同
岡澤龍一郎
同
八幡泰彦
同
小林章子
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は,控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人が控訴人に対し平成8年8月9日付けでした労働者災害補償保険法による労災就学援護費を支給しない旨の処分を取り消す。
二 被控訴人
主文と同旨
第二事案の概要
一 本件は,業務上の事由により死亡したフィリピン共和国国籍を有する労働者の妻であり,労働者災害補償保険法(以下「法」という。)12条の8第2項,16条の2第1項に基づく遺族補償年金の受給権者である控訴人が,被災労働者の母国フィリピン共和国のシリマン大学に入学した子の学資の支弁のため,法23条1項2号に定める労働福祉事業としての労災就学援護費の支給を申請したが,被控訴人が平成8年8月9日付けで不支給決定通知をした(その理由は,シリマン大学が労災就学援護費の支給要件等を定めた通達にいう「学校教育法第1条に定める学校」には当たらないというものである。)ため,その取消しを求めた事案である。原判決は,右不支給決定は取消訴訟の対象となる「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」には該当しないと判断して,控訴人の訴えを却下した。
二 右のほかの事案の概要は,次のとおり付加するほかは,原判決の「事案の概要」欄に記載のとおりであるから,これを引用する。
(控訴人の当審における主張)
本件不支給決定が「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に該当しないとの原判決の判断は誤りであり,また,シリマン大学は右通達にいう「学校教育法第1条に定める学校」に当たるから,右不支給決定は違法である。
第三当裁判所の判断
一 当裁判所も,本件不支給決定は取消訴訟の対象となる「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」には該当しないと判断する。その理由は,次に記載するほか,原判決の理由説示と同一であるから,これを引用する。
(控訴人の当審における主張について)
取消訴訟の対象となる「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」とは,公権力の主体たる国又は公共団体の行為のうちで,その行為により直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものをいうものと解される。労災就学援護費について,法は,「政府は,この保険の適用事業に係る労働者及びその遺族の福祉の増進を図るため,労働福祉事業として,」「被災労働者(中略)の遺族の就学の援護(中略)を図るために必要な事業」「を行うことができる。」(法23条1項2号)と規定するにとどまり,この「事業の実施に関して必要な基準は,労働省令で定める」こととされており(同条2項),これを受けて,法施行規則は,事務の所轄(同規則1条3項)と労働福祉事業等に要する費用に充てるべき額の限度(同規則43条)を定めているが,労災就学援護費の支給の実体的及び手続的な要件や金額については,法に何らの定めもない。したがって,労災就学援護費の支給,不支給については,行政庁が公権力の行使として一方的に決定し,取消訴訟によらなければその判断を覆すことができないとの効力が法律上与えられているということはできない。このことは,保険給付に関する決定については,審査請求及び再審査請求に関する規定や不服申立前置を定めた規定(法35条から37条まで)があるのに対し,労災就学援護費の支給に関する決定については,法にこのような規定が一切ないことからも裏付けられるところである。
なお,労災就学援護費の支給に関する本件通達及び本件要綱は,労災就学援護費支給の事務処理を定めた行政組織内部の命令にすぎず,国民の権利義務に直接影響を及ぼすものではないから,右通達等を根拠として労災就学援護費の不支給決定が取消訴訟の対象となる「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に該当するということもできない。
二 したがって,本件訴えは,その余の点について判断するまでもなく,不適法であるから,これを却下した原判決は相当であり,本件控訴は理由がない。
よって,主文のとおり判決する。
(口頭弁論終結の日 平成11年1月28日)
(裁判長裁判官 淺生重機 裁判官 柳田幸三 裁判官 菊池洋一)